プロパガンダ写真の作り方

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歴史の資料集にも載っている有名なプロパガンダ写真として知られる「消されたトロツキー」はどのようにできたのか。また、権力者によるトリック写真や捏造写真はどのように生まれ、作り出されたのかを年表で検証する。

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写真捏造の背景

写真を加工・ねつ造する古典的な手法

写真を改ざんする方法としては、
・修正・・・表面の傷などを修正する。
・塗りつぶし・・・いらない部分を背景で塗ってしまう。
・切り抜き・・・特定の人物だけ切り取る
・トリミング・・・一部分の実拡大する
などが使われた。

捏造を担当したのはどのような人?

当初は写真家になっていったのは、画家として挫折した人たちが、写真家に転向した例が多かったようである。そのような人々は絵画の心得があるので、絵筆やブラシ、グワッシュなどで写真の修正ができることに自然に気が付いていった。

のちに権力者がこの人たちを担当スタッフとして雇い、報道写真の修整や改ざんに従事させたというのが背景としてあるようである。

年表

19世紀後半:写真の普及が始まる

19世紀後半:画家として挫折した人たちが、写真家に。絵画の道具で写真の修正ができることに気づく。

19世紀末:スコットランド出身のキャリック、報道写真を撮り始める。

19世紀末:カール・ブッラ、世界初の写真通信社を設立。

1881:ヴォルガ炭鉱の取材写真を、写真家ディミートリエフが撮影する

1920:レーニン、冬宮を攻略、ここから、中央権力が利用し始める

消されたトロツキー

1920年5月5:消されたトロツキーの写真が撮られる・・・当初は、トロツキーも共産党の構成員だったため、改ざんされない形の写真が公開されていたようである。

演説の台の横に立っているのがトロツキー

1929:トロツキー亡命、もとの写真からも消される・・・ここで使われたのは、上記のうち、背景を切抜きして、人物の上に重ねる手法

板の部分に同化された

1933:ヒトラー政権、写真や映像による印象操作を利用しはじめる。

豆知識

・ムッソリーニ、毛沢東、カストロらも写真技術による印象操作を活用した。

・日本では写真の改ざんはあまり例がないが、戦意高揚映画がプロパガンダとして行われた面があり、また、言葉を操作しての「大本営発表」は有名である。

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考察

・国家体制と報道写真のねつ造
ここまで振り返るとよくわかるが、基本的に中央集権型の国家で、歴史写真のねつ造が多発していた。具体的には、
・共産主義国家・・・ソ連、中華人民共和国、キューバ
・ファシズムが台頭した国家・・・ドイツ第三帝国、イタリア
これらの地域では、国家が報道機関を完全に抑え込めたのでこのような改ざんやイメージ操作が可能だったわけである。
 なお、アメリカなどの連合国や日本では写真の改ざんが行われなかったかというとそうでもなく、戦時中はトリミングなどで印象をいじるというのはあったようである。また、映画による戦意高揚は行われた。

・識字率と画像の印象
当時、まだ世界中の識字率はそれほど低くなく、特に貧困層の人々は字が読めない掛けない、というのが当たり前でもあった。よって、写真によるイメージは想像以上に強烈に人々に影響を与えた、ということが指摘されている。
 メディアリテラシーの基礎は識字率を上げるところから、というのが反省として言えるだろう。