火あぶりになった科学者・研究者まとめ

人物伝
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科学革命以前には教会によって火刑が申し渡され、火あぶりで処刑された研究者・科学者が複数いる。その人物の業績と生涯をまとめた。

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人物年表

ブルーノ:1548~1600

コペルニクスの地動説に賛成し、それの啓もう活動を行ったことで、キリスト教会からにらまれ、考えを曲げなかったことで火刑に処された。火あぶりになった最も有名な人物といってよい。

裁判の最後では、「判決を受け入れる私よりも、判決を言い渡すあなたの方がおびえているではないか!」と言い放った。

処刑の時も、十字架から顔をそむけたというから、相当なものである。(当時は火刑の直前に十字架に接吻するという習慣があった。)

ガリレオガリレイが強硬に教会に背かなかったのは、ブルーノの処刑事例を知っていたからという説もあり、多方面に影響を与えたことがわかる。

セルヴェト:1511~1553

名前はフランス読みでセルヴェとも読む。ブルーノ以前にいた火あぶりにされた研究者。

解剖学を研究し、初期の人体解剖に置いて業績をあげた。この結果、血液循環についてヨーロッパでもっともはやく本に記載し、影響を与えた。

キリスト教の三位一体説に対抗する思想を持っていたことから教会からにらまれ、異端であると判断される。まずミラノで投獄されたが、級友であった刑務所長の助けで脱獄した。しかし本人不在のまま火あぶりの判決がでたので処刑された。

ドミニス:1560~1624

中世の司祭であり科学者。

最初に虹の理論を構築した。このことはニュートンも言及している。それぞれの雨滴で、光は2回の屈折をするという事実を述べており、のちの光学に影響を与えた。

また、潮汐理論についても太陽の影響について言及している。

後に教皇と対立し、発言の撤回などを求められ、最終的には異端審問がくだされる。死後、遺体を焼くことが決定される。

厳密には、生前に異端の評決が下され、死後に遺体が火あぶりにされた例だが、科学の業績があるのでカウントしてよいだろう。

火あぶりの理由の裏側

キリスト教内の宗派争いに巻き込まれて焼かれた、という側面もあり、権力争いの内幕が見て取れる。

豆知識

・研究者ではなく宗教指導者であるが、宗教指導者ウィクリフも死後に遺体を火あぶりにされたケースであり、死後に遺体を焼くこともしばしば行われていたことがわかる。

・ブルーノは喜劇として「カンデライオ」という戯曲を書いている。このタイトルは「ろうそく職人」といういみであるが、男の同性愛者の隠喩として使っている。内容も3ページに1回ぐらい下ネタが出てくる愉快な本である。ぶっちゃけまがりなりにもキリスト教関係者が書いたものとは思えないほど(?)

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