センメルヴェイス-センメルヴェイス反射とアングリマーラ転換

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センメルヴェイス反射
「ある主張を認めると、過ちを公表することになるから認めたくない」という反応や行動のこと
(なお、センメルヴェイス反射を起こしたのは彼の上司のクライン教授、あるいは上層部の医師たちのほうであり、センメルヴェイス本人ではない)
センメルヴェイスの肖像、苦労がしのばれる
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歴史と考察

 現在当たり前に行われている手洗いの実践は、導入までに一人の男の戦いと悲劇があった。イグナーツ・センメルヴェイスという若い研修医が始めたものであったが、これを良く思わない上司からひどい扱いを受ける。この故事から、センメルヴェイス反射という言葉が生まれた。

発明発見の背景

 まだこの時代には細菌の存在は知られておらず、センメルヴェイスの説も反発を受けた。科学史でたまにある理解されなかった悲劇の先駆者のひとりということである。

手洗いを実施するまで

1846年にセンメルヴェイスは産婦人科の助手となる。この時点では若い研修医に過ぎなかった。
1840年代には産褥熱の統計を集める。ここで、彼は「なぜ病院で蔓延し屋外だとならないのか?」という問題意識を持った。直後に、医者は産褥熱患者にふれるが、助産婦はそうではないことを発見している。これから、患者から医者の手を介して病気が移っていると仮定した。このあたりは観察眼の良さを思わせる。

1846年にはさっそく功績を上げる。 手洗いの推奨をし、産褥熱の死者が激減した。なお彼がここで使ったのは塩素水だと言われている。

悲劇の始まり

1849、センメルヴェイスの悲劇が始まる。過ちを認めたくないクライン教授に解雇されてしまう。

・クライン教授らはなぜセンメルヴェイス反射を起こしたのか
この問いは比較的簡単に答えることができよう。答えは「たくさんの妊婦たちを殺していたと認めることになるから」である。若手に間違いを指摘されては、メンツが立たない、そればかりか、妊婦らの遺族に訴えられるなどして、自分の地位を追われる可能性が出てくる。こうなってしまうと、もはや感情的にかみつくなり、地位を利用して解雇に追いやるなりという行動に移るのである。

・センメルヴェイス反射を起こす条件
基本的にセンメルヴェイス反射を起こす条件は、以下のようになる。
・間違いをつきつけられた
・その間違いによって被害者が明らかになった
・間違いを信じて地位をたもってきた
これは医療関係者だけではなく、どのような分野でも、当然起こりうることである。この条件からわかるように、長くある業界にいた人、つまり恒例の人物のほうが、この反射には陥りやすいのではないだろうか。

1850年には手洗いと産褥熱に関して公開討論会を開くが、成果はあったが、これを文献で公表しなかった。その後1855年にペスト大学の産婦人科教授になる。ここでも手洗いを導入、死亡率を劇的にへらした

1861年には「産褥熱の病因、概念および予防法」を出版し、世に考えが広まるかと思われたものの、1865年に精神科に入院、二週間で死去しまう。脱走時に暴行を受けて亡くなった説が有力である。

発明発見の意義

1867年になって、リスターが、細菌が医師の手からうつることもあることを発表。センメルヴェイスが正しかったことが明らかになったが、数年の差でなくなっていた。センメルヴェイスの活動は決して無駄ではなく、細菌という存在を防ぐ方法の先鞭となった。

感想

・経済学とセンメルヴェイス反射
最近、よく言われるのが、日本の財政破綻論者や経済政策を間違ってきた人たちのセンメルヴェイス反射である。彼らは結局、30年間、デフレを解決することができなかった、しかし、それを認めることができないのである。

・センメルヴェイス反射を起こさないために
まずは、「センメルヴェイス反射という現象があるのだ」という知識を持っておき、ときおり自分が陥っていないか振り返ることである。
 間違いを突きつけられたら、それの追試をして確かめることが肝要である。それで自分が加害者であるとわかったら、すなおに謝罪することである。
 そうすればアングリマーラのように、やがては受け入れられる(あるいは、沈黙のうちにしずかに忘れられていく・・・)ということが起こるはずである。

豆知識

・晩年、センメルヴェイスは公園を徘徊しカップルを見つけると、「子供を生むときは医者に手を洗うよういいなさい」、と涙を流して訴えたという話が残っている。

・彼の死因は脱走しようとして暴行され死んだ説のほか、産褥熱がうつったという説もある。

・センメルヴェイス反射の対義語にあたる故事成語を、「アングリマーラ転換」というそうである。これは、仏教に関係するエピソードで、
・昔、殺人鬼がいた
・あるとき、行いを反省し、弟子入りし、アングリマーラと改名して、修行を始めた。
・最初、人々は彼を非難したが、まじめに修行することで、やがて受け入れられた。
というものである。確かに、過ちを受け入れて、正しい行いを繰り返した点が正反対である。

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