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永久機関を作ったのみならず、そのマシンの特許が受け入れられなかったことをきっかけに訴訟をおこし有名になった人物の生涯をまとめた。彼はある種のヒーロー(?)となった。
1980年代:ニューマン、出力が100%を超えるモータをつくった、と主張。
しかし、彼は電気モーターの仕組みを勘違いしていただけだった。もちろん、出力が100%を超える、ということは起こりえない。
同時期にアメリカにて特許を取得しようと申請するが、特許庁は「これは物理的に正しくない」として、受け入れを拒否した。
1984 :特許局を相手取り訴訟をおこす。
これに関連して、マシンに関する報告書がいくつか提出された。ニューマンの結果が正しいという報告書もあったが、書き手のスカイラーとニューマンは面識があった。
1984 cbsイブニングニュース にてニュースになる。
1985 :マシンに関する報告書は間違っている、と結論が出た。
1986 :アメリカ上院で公聴会。
これらの騒動で有名になり、エネルギーマシン実演、ラジオ番組に出演をした。
さらにスーパードームで実演、数千の観客の前で(本体は見えない)9ボルトバッテリーだけでうごく車に乗って登場した。
このあと、コロラド州へ 拠点をうつした。
1998 効率100%をこえるモーターを作ったと主張した。
永久機関を作ったニューマンであったが、その研究所にはミシシッピ電力会社からの電線がつながっている。このことは、町の人もみんな知っている、ということである。
ニューマンは2015年に死去。
・このような話には他にも、真水だけで走れる車、なども存在する。