ダーウィンの進化論と教会-科学VS宗教の最終戦争

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ダーウィンが「種の起源」で進化論を打ち出すと、これは数年のうちにベストセラーになったものの、教会から聖書の教えに反するとして攻撃が加えられた。結果として、この抗争は科学と宗教の最終戦争の様相を呈していく。この論争ののち、科学の成果に対してキリスト教が激しい批判をすることは少なくなった。

当時の風刺画

1859:ダーウィン、「種の起源」を著す。

1859:種の起源発表の半年後、公開討論会。化学サイドからはトマス・ハックスリー、教会サイドからはサミュエル・ウィルバーフォース司教が参加した。

口達者のサムVSダーウィンの番犬

ウィルバーフォース「人類の祖先がサルならば、それはあなたの父方なのか母方なのか」

ハックスリー「祖先がサルなのは恥ずかしいことではない。恥ずかしいのは、わたしと真理をゆがめているあなたが共通の祖先をもっていることだ」

論争はダーウィン側の勝利に終わる。

1871:聖職者で動物学者でもあったステヴィングが、「ダーウィニズムのエッセー」を発表し、ダーウィンの進化論を擁護。・・・しかしながら、このことから教会からにらまれ、教区を割り当ててもらえないなどの扱いを受けた。

1948:カトリック教会、教皇ピウス12世が「聖書に書かれたいることは寓話である」という声明を発表する。最終的には科学サイドの勝利におわった。

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豆知識

・ダーウィンは種の起源の中で「人の祖先はサルである」と直接は言ってはおらず、「人とその歴史の起源について光があてられるだろう」と述べている。

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考察

・教会の敗北
化学の研究が新しく事実や証拠を積み上げられていくのに対して、カトリック教会は聖書に書かれていることを更新していくわけにはいかず、信じるしかないわけである。ここに宗教の限界があるともいえる。
 最終的には、科学の事実の積み上げの前に聖書は無力であったともいえる。