アマチュア天文家の発見まとめ!日本人の大活躍!

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アマチュア天文家による発見は天文学の発展に寄与してきた。ここでは、彗星と小惑星についてまとめた。日本人がめざましい活躍をしている分野でもある。

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彗星

彗星の観測者はコメット・ハンターと呼ばれ、さらに日本は彗星王国ともよばれる。

世界最初の検出

1919年10月25、佐々木哲夫が、フィンレイ周期彗星1919d=1919Ⅱを世界最初に検出した。

世界初の発見ブーム

1940年10月1、岡林滋樹が、すこし遅れて4日に本田実がオカバヤシ・ホンダ彗星を発見。

しかし、岡林は戦時中にスマトラの調査団に赴き、1945年4月に撃沈され死亡する。

1961年10月11、関勉がセキ彗星を発見。こののち、1967年までには、本田、関、池谷の三人がつぎつぎに発見する時期となった。

その後、1980年代まで、メンバーを増やしつつ日本人の彗星発見ラッシュはつづいた。

小惑星

小惑星はまず仮符号がおくられ、その後の観測や起動計算で決定したものを小惑星として本登録される。

最初の小惑星発見の仮符号

最初の仮登録は、1973年の小島信久による1973MAが該当する。

個人向けの天文写真がまだ発展していない時代の発見である。

小惑星発見第1号

浦田武による、1978EAみずほ が、日本人の彗星発見の本登録となった最初のものである。

1978312にちに反射望遠鏡で発見。起動計算などで確定した。当初、追跡が上手くできず、一時は幻の発見かとも不安視されたが、無事に発見。

これ以降、アマチュアによる小惑星発見のブームがおき、1987年までにはなんと22個もの仮登録がなされることになった。

じつは江戸時代から盛んに発見されていた!

江戸末期から日本人はアマチュア天文家とも呼べる人物が多数いた。

実際に、太陽の黒点の移動について、図入りで記述した観測記録が残っており、これは当時の世界でも例を見ないことだった。これは明治期に海外にも紹介されている。

伊能忠敬も、はじめは酒と米の業者、あるいは名主で、天文学については51歳から勉強したアマチュアであったが、日本人としてはじめて真南に来た金星の観測をしている。