エコール・ポリテクニークの天才たち-日本人研究者も!

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技術者の養成学校として象徴的なエコール・ポリテクニークに関連する工学の歴史の年表。

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年表

1780年代:モンジュ、海軍兵学校の教授に

同時期:クーロン、クーロンの法則

1786:ラザール・カルノー、「機械一般に関する試論」

1794:モンジュ、クーロンら、エコール・ポリテクニーク設立

ナポレオンの改革以降

1804年、エコール・ポリテクニークはナポレオンの改革によって軍事技術の重要性が主張されるようになり、軍事分野のカリキュラムがふやされた。

1822:フーリエ級数

1824:サディ・カルノー、熱力学・・・技術者の経験のない人による技術の考察

1826:ドイツでオームの法則

19世紀初頭:ポアソン、コリオリ、コーシーなどの活躍

エコールポリテクニークに関係の深い日本人

日本人の研究者で、エコールポリテクニーク出身の人物もいる。

郡山幸雄 氏

東大数学科を卒業。フランス留学も経験し、エコールポリテクニークに助教授として在籍。

もともと数学に突出した才能があり、数学者をめざしていたが現在は経済学者に転向して研究を続けている。

考察

学問としての工学

この時期になって、技術者、じっさいにものを作る人ではなく、学問として工学を学んだ人による工学上の功績が見られ始める。また、電磁気学の進歩が始まっていく。

・サディ・カルノーの役割
これまでは職人肌の人が経験から工学上の発見をしていた側面が大きいが、カルノーはそういう経歴のないまま工学上の大きな役割を演じた。そこにエコール・ポリテクニークの歴史上の意義の大きさが象徴されている。

・ナポレオンと工学
ナポレオンは数学の才能があり、さらに科学の軍事上の重要性を理解していた。エコール・ポリテクニークの改革もその延長線上に行われたといえる。ナポレオン戦争でのフランスの強さは、こうした技術者を養成する方針が役に立った例ととらえることもできる。

・電磁気学
この時期は電磁気学にも発展がみられる。オームの法則は電子回路の基礎であるが、これが発見されたことによって電気で動く機械の生まれる原動力となった。ただし電気機械が市場に出回るのはもう少し待たなければならない。