麻沸散の成分はこれ?!ただの誤植だった?

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三国時代の名医であった華陀には、麻酔薬として麻沸散という薬を用いていた、というエピソードがある。三国志の時代以降、この成分について研究や議論が活発であった。そのなかで推定されている麻沸散の正体について解説する。

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麻沸酸の成分

主流となっている説は以下のようなものである。マンダラゲ、草烏、当帰、川キュウ、南星などの官報の薬を調合したもの、というものである。これを口から接種すると全身麻酔がかかり、切開しても痛くない、というものである。

この時代には、切開して縫合する、という技術は一応知られていたらしく、華陀の列伝にも、「腸の病気は、超を切り離して荒い、縫い直すと4,5日でよくなる」などといった記述がある。

これには同時代に医者であった仲景が記した病気に関する本のなかに「麻沸湯」という言葉がある。もっとも、麻沸湯というのは単に沸騰したお湯、という意味らしい。しかし、似たような語があるので麻沸散もここから派生した熱湯を使う薬てきなものなのでは、と考察もできる。

誤植説など

その他にも説がある。

誤植説

別の説としては、麻沸散の文字は二文字目の沸が誤植であり、実際は「麻ふん散」であった野ではないか、という説がある。この「ふん」は特殊な字であるが何を示すかというと、大麻のめしべということであり、そうすると麻薬ということになるので、麻酔として用いることができただろう、というものである。

仏教の伝説がもと?

中華民国時代にはこの麻沸散の逸話に疑義が呈され、これはインドの神話が仏教とともに中国に入ってきて名医のエピソードに結び付けられたという説が出てきた。もっとも少数派の考え方だったようである。

麻沸散と華陀のエピソード

麻沸散に付随したエピソードには有名なものがある。

華陀が曹操に殺された事件の真相

華陀は医者として曹操に取り立てられたが、フィクションでは曹操の頭を切開して内部を治療しようとしたら激怒され、投獄されて死んでしまったという結末を迎える。しかし、これはしじつではなく脚色されている。

実際は、曹操に投獄されて死んだことは事実であるものの、経緯としては曹操に呼ばれたのを病気であると断ったが、後にそれがばれて激怒されたというものだったという。

関羽を手術した件の真相

関羽の腕を手術したのは華陀であったというのがフィクションでは有名なシーンである。このとき、関羽が談笑しながら碁をさしていた、という関羽の強靭さをアピールした逸話ともなっている。しかし、これも局所句がある。

関羽が腕を手術したのは事実であるが、その医者は名前が記述されておらず、華陀出ないことはほぼ確実である。また、当時の麻酔は飲んで眠るものであったと考えられている(つまり部分麻酔ではない)ので、関羽が談笑しながら手術を受けることはなかったと考えられる。