科学革命、産業革命をへて、工学は近代に多くの発展を迎える。さまざまな機械の解析方法などが花開き、機械の生産や管理などにも学問的な視点が取り入れられるようになった。また、鉄道や蒸気船などの交通インフラの大発展が着目される。民衆にも、イノベーションの成果がもたらされるようになった。
年表
1807:フルトン、蒸気船の完成
1818:ホイットニー、フライス盤の開発
1830:リヴァプール-マンチェスター鉄道開通、スティーブンソンら
1848:レールの安全性の重要性・・・レールの金属披露による事故が多かった
1843:ブルネル、グレートブリテン号、完成・・・スクリュー蒸気船
1826:ポンスレ、「機械応用力学」著す
1853:ランキン、ランキンサイクル
1865:MITが創立
1869:ランキン、「機械便覧」
1875:ルーロー、「理論運動学」
1900:General Electric社が初の企業研究所をつくる
1910年代:フォード、自動車の大衆化
1927:イギリス製図規格・・・標準化の規格がうまれる
豆知識
・ランキンは日本の幕末の工学教育に貢献した。
考察
・交通インフラと工学
交通インフラの発展により、政界中の人々がそれまでとははるかに早く遠くに移動できるようになった。しかしその挑戦は一筋縄ではいかなかった。列車とレールの関係は車軸やレールの疲労により大規模な死亡事故が多発した。技術の黎明期に多く起きる死亡事故の一例である。それらの危険を訴え、早急に解決しようとする試みが工学を発展させた。
・工学の教科書の執筆
このあたりから、技術者向けの工学技術の本ではなく、学生向けの教科書が多数執筆されるようになった。「○○力学」などの本がそれである。工学の教育カリキュラムが整ってきた証拠である。工学研究が飛躍する原動力としてその基礎を支えたといえるだろう。