16世紀ヨーロッパの町で、人々が突如として踊りだし、そして死んでいった──。
それは歴史の一頁に刻まれた、信じがたい奇病「ダンスペスト(Dancing Plague)」の実話です。数百人もの人々が制御不能に踊り続け、命を落としたというこの出来事は、現在に至るまで正体不明のまま、多くの謎と伝説を残しています。
この記事では、そんなダンスペストの実態に迫りながら、宗教・心理・医学などさまざまな視点から語られてきた説を検証していきます。
都市伝説やオカルト的解釈にとどまらず、人間の身体と心が引き起こす「集団現象」の深層にも目を向けてみましょう。
ダンスペストとは何か?奇怪な「踊る疫病」の概要
16世紀ヨーロッパで起きた「踊りの狂乱」
中世ヨーロッパを震撼させた奇病、それが「ダンスペスト」です。ダンシングマニアやコレオマニアという言い方もあります。
16世紀初頭、神聖ローマ帝国領のシュトラスブール(現在のフランス・アルザス地方)で、ある日突然、一人の女性が街中で踊り始めました。

それは喜びや娯楽のためではなく、止めようとしても止まらない“強制的な踊り”だったのです。
彼女の奇行は次第に伝染するように周囲へ広がり、最終的に400人以上が同じように踊り始めたと記録されています。
実際に何が起こったのか?文献と記録の紹介
当時の記録によれば、この「踊り病」にかかった人々は数日から数週間にわたって、疲労困憊しながらも踊り続けたといいます。
中には餓死・心臓発作・過労死する人まで現れたとの報告も。まさに「踊って死ぬ」という異常な事態でした。
この出来事は記録史上でも特に不可解な現象とされ、「踊りの狂乱(Dancing Mania)」として語り継がれています。
踊り死ぬ人々…その様子はまるで地獄絵図
群衆が奇妙なダンスを踊りながら倒れ、死に至る光景は、まるで悪魔に取り憑かれたような恐怖を周囲に与えました。
当時の人々はこれを「神の怒り」「悪魔の呪い」だと信じ、宗教的儀式や祈祷が行われることもありました。
怪異とされる理由:なぜ現代でも語られるのか
数百年も前の出来事が、現代でも語られるのはなぜでしょうか?
それは、原因がはっきり解明されていないからです。
この不確かさが、現代の都市伝説ファンたちの興味を引きつけてやまないのです。
ダンスペストの「正体」は病気だった?
有力説①:集団ヒステリーによる精神的トラブル
最も広く知られている説の一つが「集団ヒステリー」です。
強いストレスや宗教的プレッシャーによって、群衆の間で無意識に行動が伝染する心理的現象です。
有力説②:毒麦(麦角菌)による幻覚症状説
もう一つ有名な説は、麦角菌による食中毒です。
これはパンに使われるライ麦に寄生するカビの一種で、LSDに似た幻覚作用をもたらすことがあります。
これにより幻視や異常行動が引き起こされた可能性も考えられます。
有力説③:神経疾患「ハンチントン舞踏病」だった!?
ここで注目されているのが、ハンチントン舞踏病(単にハンチントン病とも呼ぶ)という神経疾患です。
現代医学では、この病がダンスペストの正体である可能性も指摘されています。
また、「舞踏病」と呼ばれる疾患にはこれの他にも「シデナム舞踏病」などがあります。
なかでも、ハンチントン舞踏病は患者数が多く、注目できます。
ハンチントン舞踏病とは?専門的な視点で解説
症状の特徴:不随意運動と精神症状
ハンチントン舞踏病は、中年以降に発症する遺伝性の神経疾患です。
患者は、まるで踊っているかのように身体が勝手に動く「舞踏運動」を始め、同時に認知機能や感情のコントロールにも異常をきたします。
なぜ「踊っているように見える」のか
「舞踏病(chorea)」という言葉自体がギリシャ語の“ダンス”に由来しており、患者の不随意運動が踊りのように見えるため、この名が付きました。
つまり、症状として「踊ってしまう」のです。
遺伝性疾患としての側面と現代の認識
この病は遺伝するため、特定の地域や家系に集中的に発生することがあります。
もし16世紀当時のヨーロッパで局地的な発症があったならば、集団で同時期に舞踏病を発症する可能性もあり得るのです。
なぜハンチントン舞踏病がダンスペストの原因と考えられるのか?
地理・時代的な符合:16世紀ヨーロッパと症例の分布
現在知られているハンチントン病の歴史的分布をさかのぼると、ヨーロッパの一部地域に古くから存在していたとされます。
16世紀のドイツ・フランス国境地域(シュトラスブール周辺)でも、発症していた可能性がゼロではありません。
医学的な根拠と一致点
- 踊るような不随意運動
- 発症年齢が成人以降
- 幻覚や精神障害を伴うこともある
これらの要素は、ダンスペストの症状と一致します。
集団感染や誤診の可能性
ハンチントン病は感染症ではありませんが、当時の人々にとっては病の原因がわからず、「踊りが伝染している」と見えた可能性もあります。
加えて、他の神経障害や精神疾患が混在していたことも、集団的な現象に見えた一因かもしれません。
ダンスペストの正体まとめ:都市伝説の裏に潜む医学的真相
ダンスペストは確かに謎に包まれた事件ですが、現代の視点から見ると、その正体は「ハンチントン舞踏病」や他の神経疾患によるものだったと考えるのが自然です。
奇妙な現象には、必ず何らかの理由が存在します。
人々の想像力や恐怖心が、事実を伝説に変えていったこともまた興味深い側面です。
「ダンスペスト」は単なるホラーではなく、医学・心理学・社会史の複合的nにかかわるトピックです。
怖いだけじゃない、知的好奇心をくすぐるテーマですね。