錬金術の歴史4【イスラム錬金術】

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イスラム文化圏が安定と繁栄の時代を迎えた10世紀ころから、錬金術もイスラム圏で発展を迎えた。この時期の収穫は中世のヨーロッパにもちかえられ、のちの西洋の錬金術の基礎となった。また、さまざまな化学実験の危惧が発展した時期でもあった。
 主な目的は金属の変成、物質・化学反応の理解。

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年表

7世紀頃:ハーリド・ブン・ヤズィード、錬金術の書物の翻訳・・・初期のイスラム錬金術師
8世紀:ジャービル・ブン・ハイヤーン、水銀硫黄理論、燃焼理論の確立

ジャービルとフラスコ

8世紀:ジャービル、アッラシードの宮廷へ
10世紀頃?:「哲学者たちの討論会」が著される・・・過去の哲学者たちの討論の形で連記述を語っている本
9世紀:アルラージー、物質の分類表・・・化学的な研究が花開いた時期。メッキの方法なども編み出された。
10世紀: アヴィケンナ、 イブン・シーナー、金属の変成について疑問・・・錬金術はあり得ないことの初期の指摘
10世紀頃?: エメラルド・タブレット(エメラルド板)、アラビア語でやくされる。・・・エメラルド板は、古代の錬金術から伝えられてきたが、文献の形で現れたのはこのとき。

豆知識

・ジャービルはラテン語圏でゲーベル、ジーベルともいわれ、ヨーロッパの錬金術師からよく参照された。

・エメラルド・タブレットはニュートンも翻訳している。

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考察

・化学反応を詳細に記録
イスラムの錬金術師は実験の様子や結果を詳細に記録している。金を作る試みより、物質の反応に興味があったものと思われる。また、間違ってはいたものの燃焼の理論を作り上げた点も着目すべきである。
 水銀硫黄理論はこの時期に完成されたので、その後、水銀や硫黄が錬金術において特別なものと解釈され、重要な役割を占めることになる。

・実験器具の発展
この時期にはフラスコやガラスの管、蒸留装置などの発展がみられた。この点では、その後の化学の発展にはかなり貢献したといえる。もちろん、使用法も記録に残ることで科学実験に影響を与えた。
 また、言葉としてアルカリ、アルケミーなどの語ができた。

・イスラム錬金術は賢者の石を完成したのか?
イスラム錬金術師はめっきの方法などにはたどり着いたようだが、卑しい金属を完全に金に変成させることができたわけではない、ということに気が付いたようである。表面が金色になっただけということには、物質の変化を詳細に記録していくうちに気づいたのではなかろうか。イスラムの錬金術師も賢者の石は完成させることができなかったというのが結論であろう。