猿の惑星は日本人がモデルというのは嘘!理由3つ!なぜ噂が広まった?

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『猿の惑星』は、続編がいくつも作られるなど人気の映画シリーズです。これには原作の小説があります。この作品について、サルというのは日本人がモデルという説もありますが、ここでは、それが嘘であるという理由を解説していきます。

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猿の惑星は日本人がモデルという噂

『猿の惑星』は、原作小説をピエール・ブールが執筆し、のちに映画化されることになります。

この映画の1作目は1968年に公開されており、そこから続編も次々に作られています。

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CGの技術の進歩と同時に、リブートが行われるなど、最近でも作られ続けているシリーズです。

この映画については、「ピエール・ブールが第二次世界大戦のころアジアにいたとき日本軍の捕虜になった経験がもとになっており、サルというのは日本人のことを暗喩している」というような風説があります。

以下では、これが嘘であることの理由を解説していきたいと思います。

どうしてうわさが広まった?

この噂は、2000年代に日本で出版された映画の解説本にかかれていることが根拠になっているようです。

これを読んだ人がうわさとして広め、ピエールブールがアジアで活動していたという事実も相まって信ぴょう性があるように受け取られて広まったというのが真相と考えられます。

英語なおっで検索して猿の惑星のモデルを調べてみても、モデルが日本人ということを書いた文献は出てきません。このことから、この噂は日本国内限定であるということが推測できます。

猿の惑星は日本人がモデルというのは嘘!理由3つ

猿の惑星は日本人がモデルというのが嘘であるという理由は、大きく分けて3つあります。

ピエールブールは猿の惑星のモデルを名言していない

始めに、ピエールブール(下図の人物)が猿の惑星のモデルを明言したことがあったのか、という点が疑問点として挙げられます。

実際には、ピエールブール本人がモデルが日本人だと明言したことはありません。

つまり、噂の出どころは本人の発言ではなく、よく言っても作中の描写からの類推にすぎないということがわかります。

ピエール・ブールは捕虜収容所に捕まっていたわけではない

もう一つの大きな根拠としては、ピエール・ブールが捕まったのは捕虜収容所ではなく刑務所であるという点です。

当時、ピエールブールがアジアであるフランス領インドシナにて活動していたことは事実です。このとき、フランスは連合国側にはフランス自由軍として、枢軸国側では本国にあるヴィシー政権として参戦しているという状況でした。

ピエールブールはフランス自由軍として活動していたため、本国のヴィシー政権から見ると、反体制側ということになります。

これにより、1943年に逮捕されて刑務所に投獄されてしまいます。つまりとらえたのは日本人ではなく、看守も日本人ではありません。

このことから、日本軍に捕まって捕虜収容所にいたというのは誤解であることがわかります。

別の作品では日本人と協力する様子をかいている

また、ピエールブールは別の作品『戦場にかける橋』のなかでは、日本人とフランス人の交流を描いています。有名な作品で、こちらも映画化されています。

対立しながらも、最終的には協力して端をかけていく様子が書かれています。(とはいってもハッピーエンドではない作品ですが。)

これには、日本人は鉄製の端を書けるだけの技術のある文明国の人間として書かれており、このことから、サルとして見ているということは考えにくいでしょう。

まとめ

  • 猿の惑星が日本人がモデルというのは嘘であり、その理由は作者がモデルが日本人だと明言していないことからもわかる。
  • さらに、ピエールブール本人は看守が日本人の捕虜収容所にいたのではなく、刑務所にいた。
  • 海外の文献を探してみても、猿の惑星のモデルを日本人としている文献は見当たらない。

猿の惑星シリーズは社会風刺をする作品としても知られているので、むしろ文明に対して文句を言いたかったとも考えられます。

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