石原莞爾は日本の将来について、独自の予言をしていることで知られる。主著である「世界最終戦論」でも、予言をふくめ将来予想のようなものを多く残しており、中には技術的なものもあるので興味深い。『世界最終戦論』の流れも含めて年表にした。ここでは、それらをまとめた。戦争プランについても解説した。
石原の戦争プラン
第2次大戦期の日本の軍人であり軍事思想家でもあった石原莞爾は、『最終戦争論(世界最終戦論)』を書いたことで有名である。その中で石原は、
今から30年後くらいの間に最終戦争が起こり、日本とアメリカがぶつかる。そこで日本が勝つために、満州の開発が必要である。
石原莞爾
という予言をしている。
表題にある「私が指揮すれば勝っていた」の内容は、以下のようなものであった。
1.ソロモンやニューギニアからは早期に撤退し、資源地帯のみ守る
石原の計画
2.サイパンを徹底的に要塞化し、本土爆撃をさせない
3.持久戦に持ち込めば、決してアメリカ相手でも負けない
「世界最終戦論」での予言
1940:講演会をひらく。この内容が『最終戦争論』である。
1941年11月:読者からの質問に答える・・・最終戦争論の巻末には、読者から寄せられた15問の質疑応答がついており、それの中にも予言のような言及が見られる。以下、予言のような箇所を抜粋する。
Q.経済が理由の戦争になるのでは?
最初のキッカケは経済の問題でも、最後は経済以外の戦争になるはず。
Q.殺人光線とかが将来の兵器になるので、飛行機はいらないのでは?
いずれにせよ装置を運ぶ必要があるので、飛行機はいるはず。
Q.攻撃兵器が進歩しても防御兵器も進歩するから、打ち消しあうのでは?
成層圏を自在に飛行する航空機ができるので、防御は相当難しい。
Q.永久に戦争はなくならないのではないか?
武力が即座に抵抗勢力に影響を及ぼすようになれば、結局世界はそれによって統一される。
またこの中で、清水芳太郎という人物の書物を引用する形で、以下のようにも言っている。
・人工的にタンパク質を食べることができる
・ウランなどの熱源から長く発電できる。
・空中の水素を取り込んで飛ぶ飛行機ができる
・不老不死レベルの長生きが達成される。
・突然変異を人工的に行うことで、進化のスピードを速めることができる。
結局、石原自身は予言の結果はほとんど見ることなく亡くなった。
豆知識
・新兵器や発明の奨励には理解のあった石原だが、現場では戦車の使い方はよくわからなかったらしい。
・戦後は核兵器が重要な兵器になることも予測していたといわれる。
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考察
・石原莞爾の最大の予言ははずれたが
戦後75年たって、いまから振り返れば石原莞爾の予言の肝である最終戦争は、おこらなかったし、それによる世界の統一もまた現実にはなっていない。もちろん日米が最終戦争をするまえに第二次大戦でぶつかり、日本が敗北したのも周知の事実である。
しいて予言に近いことがおこったとすれば、米国とソ連の二大大国がならび、核戦争が起こるのでは、と思われた点だが、核戦争が起こる前にソ連が崩壊したので、ここでも最終戦争はおこらなかった。
・技術に対する関心はどこから
石原莞爾は科学技術の、とくに軍事転用について関心が高かったことが伺える。これは若い頃から技術に関心があったというのもあるのかも知れないが、ドイツに留学しているので、その際に技術力が戦争においてかなりの要素をしめることを感じたのかもしれない。