ヘーゲモニコン(指導理性)とは-哲学書としての自省録

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マルクス・アウレリウス・アントニヌスが執筆した「自省録 」は、哲学書としても有名である。その歩みを年表にまとめた。

ト・ヘーゲモニコンとは
指導理性と訳される。あるいは「統轄的部分」、「主導的部分」と訳される。 (「ト」は冠詞である。)
 意味は、ストア哲学の専門用語で、「人間や動物の行動を引き起こさせる情動」のことをいう。人間の場合は特に、理性が決定したものをこのように呼ぶ。
マルクス・アウレリウス自身は、人間は肉体と息とヘーゲモニコンからなると考えていたようである。

自省録は、彼自身がメモのように主に自分に向けての言葉を列記した本である。その一方で、後期ストア哲学における代表的な書物という側面もある。以下、この書物執筆の年表である。

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自省録年表

執筆の時期

160年代:自省録の執筆が開始される。
166頃: 戦争中に、戦地で執筆をつづける。グラン河畔、グワーディー族の間にて記すと記述あり。
172年ころ:カルヌントゥムで執筆をつづける。2巻がこのころかかれる。
180年前:自省録、執筆終わる。

写本の時代

14世紀:自省録の写本が執筆される、これが現在でも完全に残っている写本である。

活版印刷以降

1558:印刷された自省録が出版
1956:自省録の日本語文庫版が発売

豆知識

・マルクス・アウレリウスは哲学者らしく基本的には平和主義であったといわれているが、戦争にみまわれた。最後の日々は熱病にくるしめられたらしい。うなされながらの最後の言葉は「戦争とはこれほど不幸なことか」であったと伝えられる。

・マルクス・アウレリウスの時代は、プラトンの考えであった哲人統治の実際の事例が、唯一行われた時代であったとも評価されている。

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考察

・五賢帝最後の皇帝
マルクス・アウレリウスは基本的には平和主義であったといわれているが、その統治下ではたびたび戦争の必要があった。戦果から見ると戦争もうまかったらしく、指揮した戦争にはすべて勝利している。その一方で、戦争が長引いてしまったせいでローマ帝国の財政が圧迫され、結果として彼が五賢帝最後の人物となってしまった。

・ヘーゲモニコンとマルクス・アウレリウス
 彼は自省録の文中でヘーゲモニコン=指導理性という言葉を多数記述している。指導原理について何度も考えたということは、裏を返せばそれだけ自分の行動指針について悩み、苦しんだことが想像される。繁栄している国の皇帝という、かなりの重責にいる彼にとって、自身の行動のブレを感じる場面が人知れずあったのかもしれない。