「過去の出来事を映像で“見る”ことができたら――」
そんな夢のような話が、20世紀にイタリアで語られたことをご存知でしょうか。
その装置の名前はクロノバイザー(Chronovisor)。
まるでSF小説のような話ですが、これが実在したと主張する人物がいたのです。
今回は、クロノバイザーの謎と真偽、そして「キリストの写真」の真相について、冷静に整理しながらご紹介します。
クロノバイザーとは?タイムテレビ風の都市伝説
「時間を見る装置」としてのクロノバイザー
クロノバイザーとは、未来に行くのでも過去に戻るのでもなく、
過去の出来事を“映像として再生する”ことができる装置とされています。
日本人になじみの深いイメージでいえば、ドラえもんに登場する「タイムテレビ」が相当するでしょう。
開発者はバチカンの修道士
この驚くべき装置の存在を公表したのは、イタリア人の修道士・ペレグリーノ・エルネッティ神父でした。
彼はただの宗教家ではなく、物理学や音響工学に通じた優れた技術者でもありました。
彼が語ったところによると、クロノバイザーはバチカンの一部の科学者や技術者とともに開発され、
「時間の中に残された波動」や「残響のようなエネルギー」を捉えて再生することができるというものでした。
あまりに突飛な理論ではありますが、彼はこれによって過去の音声や映像を実際に記録・視聴できたと証言します。
クロノバイザーで見た歴史的瞬間
エルネッティ神父がクロノバイザーで見たとされる過去の出来事には、いくつかの具体例があります。
キケロの演説
まず彼が語ったのは、古代ローマの雄弁家、キケロ(マルクス・トゥッリウス・キケロ)の演説の様子を見たというもの。
キケロは紀元前1世紀の政治家で、演説の名手として知られていました。
その語り口は当時のローマ市民を魅了し、現在もラテン語の名文として評価されています。
エルネッティ神父によると、その演説の様子は非常に迫力があり、まさに「生で見ているようだった」と語っています。
「テュエステス」の上演と録音
さらに神父は、失われたローマの悲劇「テュエステス」の舞台を鑑賞し、
その音声を録音することに成功したとも述べています。
この「テュエステス」は、ローマの詩人クイントゥス・エンニウスによって書かれたもので、現在では断片しか残っていません。
これが上演されていたところを写したというのがクロノバイザーの都市伝説で語られる有名なエピソードのうちの一つです。
キリストの磔刑を写真に写した?
さらにセンセーショナルだったのが、キリストの磔刑の場面を見たという主張です。
エルネッティ神父はその様子を克明に描写し、
さらにはその瞬間を写した“写真”まで公表したのです。
この写真は後に世界中に出回り、多くの信者や研究者の間で話題となりました。
「ついにキリストの本当の姿が明らかになった」と信じた人々もいた一方で、
科学的・美術的な観点からは疑問の声も上がっていました。
クロノバイザーは嘘だったのか?
以下では、懐疑的な主張についてまとめていきます。
テュエステスの内容の詳細が発表されたことはない
テュエステスはその内容の大部分が失われた劇です。
その内容はギリシャ神話の悲劇を元にした非常にダークな作品で、もし本当に全貌が記録されているならば、
古典文学・演劇研究にとっては歴史的な大発見となるはずです。
しかし、エルネッティ神父は録音した内容を公表することはありませんでした。
この点が、クロノバイザーの信憑性に疑問を投げかける大きな要素のひとつとなっています。
キリストの写真の真相とは?
キリストの写真については、ある驚くべき調査結果がのちに明らかとなります。
写真研究家らの検証によって、この画像がイタリア・コッレヴァレンツァの教会にある
「サントゥアリオ・デル・アモーレ・ミゼリコルディオーソ」で販売されていた絵葉書の画像と酷似していることが判明。
さらに画像を左右反転させると、クロノバイザーの“キリストの写真”と一致するというのです。
つまり、この写真はクロノバイザーによって得られたものではなく、
既存の絵葉書を写真に転写・加工した可能性が高いとされています。
物理的な原理も不明のまま
クロノバイザーの存在については、信憑性を裏付ける物理的証拠は一切存在しません。
写真が偽物である可能性が高まったこと、
「テュエステス」の内容が公表されないままであること、
他の証人や再現事例が存在しないことなどから、
多くの歴史学者・科学者たちは「虚構である」という見方を強めています。
また、エルネッティ神父は晩年になってクロノバイザーの存在について
「誇張が含まれていた」と語ったとも言われていますが、
この点についても信頼できる証言が記録されたわけではありません。
なぜ人々はクロノバイザーを信じたのか?
ここまで事実関係を整理してみると、クロノバイザーは非常に信憑性が低く、
都市伝説としての色合いが強いと感じられるかもしれません。
しかし、当時の人々がこの話に夢中になったのには理由があります。
- 過去の真実を知りたいという欲望
- 科学と宗教の融合という物語性
- 神秘性と陰謀論を融合させた語り口
これらが組み合わさることで、クロノバイザーの物語は多くの人々の想像力を掻き立てたのです。
また、後日談として「既に破壊された」という説のほかに、「バチカンが技術を地下に隠している」などの伝説が付加されたことで、今もなお話題に上り続けています。
まとめ:クロノバイザーの正体はどこにあるのか?
クロノバイザーという装置の話は、
歴史と科学、宗教と技術、現実と幻想が交差する、不思議な都市伝説のひとつです。
以下に、今回の内容を簡単にまとめておきます。
■ クロノバイザーまとめ(箇条書き)
- クロノバイザーは「過去を見る装置」であり、エルネッティ神父が存在を主張した。
- 神父は、キケロの演説や古代劇「テュエステス」の上演、キリストの磔刑を見たと語った。
- 特に「テュエステス」の録音は、文学史上の大発見になりうるが、内容は未公表のまま。
- キリストの写真は、イタリアの教会で販売されていた絵葉書を反転させたものと一致。
- 科学的検証や証拠がなく、虚構とされる可能性が高い。
- しかし宗教的ロマンと陰謀論が合わさり、今なお多くの人に語り継がれている。
科学的に見れば、クロノバイザーは実在しないと考えるのが自然です。
しかし、だからといってこの話が「無価値」だということにはなりません。
そこには、人間の「知りたい」という本能と、
過去とつながりたいという郷愁のような感情が込められているようにも思えます。
あなたはクロノバイザーの話をどう受け取りますか?
ただの作り話として片付けるか、想像力を広げるきっかけとするか――。
その答えも、もしかすると“時間の彼方”にあるのかもしれません。